Watch
時計修理技師がセレクトする『安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチ』
『使っていたヴィンテージウォッチが故障してしまい、購入したお店でも直らなかった…』『どこに修理に出していいかわからなくて…』など、これまでたくさんのヴィンテージウォッチの修理相談を受けてきました。
その経験から『丈夫なムーヴメント使用している』『今後も修理可能な仕組み作りが出来る』など、時計修理技師視点で安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチをセレクトしております。
時計修理技師の私が、メンテナンスからご提案、アフターフォローまで行なっておりますので、安心してお楽しみいただければと思います。
Pickup Item
-
Cartier Must Tank SM (カルティエ マストタンク SM) トリニティ
通常価格 ¥374,000 JPY通常価格単価 / あたりセール価格 ¥374,000 JPY -
Cartier Must Tank LM (カルティエ マストタンク LM) 飛びアラビア
通常価格 ¥561,000 JPY通常価格単価 / あたりセール価格 ¥561,000 JPY -
Vintage Ladies OMEGA
通常価格 ¥129,800 JPY通常価格単価 / あたりセール価格 ¥129,800 JPY
Blog
-
カルティエ マストタンク (Cartier Must Tank) とは|時計修理技師が提案する...
時計修理技師である私がご提案する『安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチ』。そのラインナップの一つが、カルティエマストタンクです。 (安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチについては、こちらのブログで詳しく書いておりますので、ぜひご覧ください) カルティエ マストタンク(Cartier Must Tank)とは カルティエマストタンクは、1917年に誕生した名作「タンク」の普遍的なデザインを受け継ぎながら、1977年に登場したモデル。 それまでのタンクシリーズは金無垢ケースを基本としたラグジュアリーウォッチであり、限られた層だけが手にする存在でした。そこでカルティエが打ち出したのが、シルバーケースに金張りを施した“マストタンク”という新しい提案でした。 つまりマストタンクは、「タンクの美しさをそのままに、より多くの人が楽しめるようにしたモデル」です。 私が時計修理技師としてカルティエマストタンクを選ぶ理由 私がセレクトしている他のヴィンテージウォッチと同じく、カルティエマストタンクも時計修理技師としての修理経験と視点からセレクトしています。選定にあたって特に重視しているのは、次の3つのポイントです。 ・丈夫なムーブメントが使われているか ・今後も修理を継続できる構造であるか ・修理部品を確保する仕組みづくりが可能か これらの基準を満たしているモデルのひとつが、カルティエマストタンクでした。 カルティエマストタンクにはクォーツ(電池式)と機械式がありますが、私の修理経験上で優れていると感じたのはクォーツです。この年代のマストタンクに採用されているクォーツムーヴメントは、構造が非常にシンプルで、一つ一つのパーツも丈夫という特徴があり、結果として故障が少ない信頼性の高いムーヴメントです。 さらに、今後の修理部品の確保についても私の中で見通しが立つと判断し、カルティエマストタンクの中でもクォーツタイプのみをセレクトし、ご提案しています。 カルティエマストタンク(Cartier Must Tank)のサイズとデザイン カルティエマストタンクのサイズについては、SMサイズ(27mm×20mm)とLMサイズ(30mm×23mm)をセレクトしています。 2つのサイズ差は縦横ともに3mm程。ラグジュアリーでアクセサリー要素の強い時計ですので、このサイズ差であればお好みで選んでいただいて良いかと思います。 女性はファッションスタイルや好みに合わせてSM・LMどちらでも選ばれる方が多く、男性はLMサイズを上品に合わせる方が多い印象です。また、ご夫婦やパートナーでLMサイズを共有されるケースもあり、楽しみ方の幅が広いサイズ感だと思います。 カルティエマストタンク(Cartier Must...
カルティエ マストタンク (Cartier Must Tank) とは|時計修理技師が提案する...
時計修理技師である私がご提案する『安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチ』。そのラインナップの一つが、カルティエマストタンクです。 (安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチについては、こちらのブログで詳しく書いておりますので、ぜひご覧ください) カルティエ マストタンク(Cartier Must Tank)とは カルティエマストタンクは、1917年に誕生した名作「タンク」の普遍的なデザインを受け継ぎながら、1977年に登場したモデル。 それまでのタンクシリーズは金無垢ケースを基本としたラグジュアリーウォッチであり、限られた層だけが手にする存在でした。そこでカルティエが打ち出したのが、シルバーケースに金張りを施した“マストタンク”という新しい提案でした。 つまりマストタンクは、「タンクの美しさをそのままに、より多くの人が楽しめるようにしたモデル」です。 私が時計修理技師としてカルティエマストタンクを選ぶ理由 私がセレクトしている他のヴィンテージウォッチと同じく、カルティエマストタンクも時計修理技師としての修理経験と視点からセレクトしています。選定にあたって特に重視しているのは、次の3つのポイントです。 ・丈夫なムーブメントが使われているか ・今後も修理を継続できる構造であるか ・修理部品を確保する仕組みづくりが可能か これらの基準を満たしているモデルのひとつが、カルティエマストタンクでした。 カルティエマストタンクにはクォーツ(電池式)と機械式がありますが、私の修理経験上で優れていると感じたのはクォーツです。この年代のマストタンクに採用されているクォーツムーヴメントは、構造が非常にシンプルで、一つ一つのパーツも丈夫という特徴があり、結果として故障が少ない信頼性の高いムーヴメントです。 さらに、今後の修理部品の確保についても私の中で見通しが立つと判断し、カルティエマストタンクの中でもクォーツタイプのみをセレクトし、ご提案しています。 カルティエマストタンク(Cartier Must Tank)のサイズとデザイン カルティエマストタンクのサイズについては、SMサイズ(27mm×20mm)とLMサイズ(30mm×23mm)をセレクトしています。 2つのサイズ差は縦横ともに3mm程。ラグジュアリーでアクセサリー要素の強い時計ですので、このサイズ差であればお好みで選んでいただいて良いかと思います。 女性はファッションスタイルや好みに合わせてSM・LMどちらでも選ばれる方が多く、男性はLMサイズを上品に合わせる方が多い印象です。また、ご夫婦やパートナーでLMサイズを共有されるケースもあり、楽しみ方の幅が広いサイズ感だと思います。 カルティエマストタンク(Cartier Must...
-
Lord Marvel 36000 (ロードマーベル36000) / Vintage Seik...
これまで15年程、時計修理技師として様々な時計と向き合ってきましたが、ヴィンテージウォッチの中で、世界で一番モノづくりが良いと感じたのは、ヴィンテージセイコーのロードマーベル36000でした。 1967年〜1978年、SEIKOの高級ラインとして製造されていたロードマーベル36000。元々あったマーベルシリーズの一つとして誕生しました。 『ハイビートムーヴメントを初採用』 スイス製時計が高級、高性能の代名詞であった1960年代、SEIKOは"世界に挑戦する時計"として、ハイビートムーブメント(テンプといわれる部品が高速で振動する機構。この振動数が高いと時計の精度が上がる)を開発。 60年代後半には、精度(時を刻む正確さ)を争う世界コンクールで頂点に立ちました。それ以降、コンクールが廃止されたのは、日本製時計に脅威を感じたスイスが、自国ブランドの価値を守るためであったとも言われています。 このハイビートムーヴメントを日本で初めて採用した時計がロードマーベル36000でした。8振動以上をハイビートと呼びますが、ロードマーベル36000は10振動。テンプと呼ばれる部品が1秒間に10回振動、それを1時間に換算すると36000回。この数字がロードマーベル36000の名前の由来にもなっています。 『時計修理技師として感じるロードマーベル36000の素晴らしさ』 ロードマーベル36000にはCal.5740というムーヴメントが採用されています。僕が時計修理技師として感じる素晴らしさは『丈夫に作った部品を極めてシンプルに組み上げている』ということです。 まず、部品の丈夫さというのは、素材である金属の質が大きく影響します。混ぜる金属の割合などによって、硬度や耐摩耗性は変わるため、設計が同じ歯車であったとしても、摩耗していくスピードは全く異なります。ロードマーベル36000は、歯車にしても、受け板(金属の板)一枚にしても、とても丈夫に作られています。 前述で、ロードマーベル36000はハイビートムーヴメントを採用していることをお伝えしましたが、時計は一般的に振動数が上がるのに比例して、部品への負担が大きくなり、摩耗しやすくなります。そのため、現代の時計でも10振動を採用している時計はごくわずかです。 これを前提とすると、ロードマーベル36000は摩耗しやすいムーヴメントに該当するはずですが、僕の修理経験上、そのようなことはほぼありませんでした。これもロードマーベル36000の丈夫さを確信させるエピソードの一つです。 よくネットで目にする『ハイビートは摩耗しやすく、壊れやすい』という情報は、一定正しいと思いますが、ハイビートの時計全てがイコールではないということは、お伝えしたいことです。 ロードマーベル36000を始め、僕がセレクトしているキングセイコーやグランドセイコーのモデルも、ハイビートでありながら摩耗が非常に少ないというのが実際のところです。 そしてシンプルな組み上げについて。 時計というのは、ムーヴメントによってそれぞれ構造が違います。"針を回す"というゴールは同じでも、そこまでのアプローチは本当に千差万別。 その中でもロードマーベル36000は、極めてシンプルに動力を伝える構造になっています。 これは僕の考えになりますが『可能な限り長い期間、時刻を正確に示し続ける』という時計の本質においては『丈夫な部品を極めてシンプルに組み上げる』というアプローチが最も正しいと思います。 結果的に、ロードマーベル36000は、50年以上経っていても、適したメンテナンスを行うことで、現代の一般的な機械式時計以上に、日差(機械式時計の1日における遅れ・進みの度合い)が少ないということも起きています。 『ロードマーベル36000のデザイン』 ロードマーベル36000のデザインは、シンプルなことが特徴の1つです。シンプルで普遍的なデザインは、飽きが来ないということや、様々なベルトに合わせやすいという良さがあります。 また、ケースサイズが34ミリと、現代のメンズサイズよりも少し小さめです。まだ海外の時計文化が入りきる前の時代ということもあり、日本人の体格に本質的に合ったサイズであり、ファッションにも取り入れやすいスタイルだと思います。 『ロードマーベル36000のラインナップ』 これまでお伝えしてきたことが、僕がご提案している『安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチ』のラインナップに、ロードマーベル36000を入れた理由でもあります。最後にそのラインナップをご紹介したいと思います。マットブラックのモデルについては、ウチムラのオリジナルカスタムです。 ...
Lord Marvel 36000 (ロードマーベル36000) / Vintage Seik...
これまで15年程、時計修理技師として様々な時計と向き合ってきましたが、ヴィンテージウォッチの中で、世界で一番モノづくりが良いと感じたのは、ヴィンテージセイコーのロードマーベル36000でした。 1967年〜1978年、SEIKOの高級ラインとして製造されていたロードマーベル36000。元々あったマーベルシリーズの一つとして誕生しました。 『ハイビートムーヴメントを初採用』 スイス製時計が高級、高性能の代名詞であった1960年代、SEIKOは"世界に挑戦する時計"として、ハイビートムーブメント(テンプといわれる部品が高速で振動する機構。この振動数が高いと時計の精度が上がる)を開発。 60年代後半には、精度(時を刻む正確さ)を争う世界コンクールで頂点に立ちました。それ以降、コンクールが廃止されたのは、日本製時計に脅威を感じたスイスが、自国ブランドの価値を守るためであったとも言われています。 このハイビートムーヴメントを日本で初めて採用した時計がロードマーベル36000でした。8振動以上をハイビートと呼びますが、ロードマーベル36000は10振動。テンプと呼ばれる部品が1秒間に10回振動、それを1時間に換算すると36000回。この数字がロードマーベル36000の名前の由来にもなっています。 『時計修理技師として感じるロードマーベル36000の素晴らしさ』 ロードマーベル36000にはCal.5740というムーヴメントが採用されています。僕が時計修理技師として感じる素晴らしさは『丈夫に作った部品を極めてシンプルに組み上げている』ということです。 まず、部品の丈夫さというのは、素材である金属の質が大きく影響します。混ぜる金属の割合などによって、硬度や耐摩耗性は変わるため、設計が同じ歯車であったとしても、摩耗していくスピードは全く異なります。ロードマーベル36000は、歯車にしても、受け板(金属の板)一枚にしても、とても丈夫に作られています。 前述で、ロードマーベル36000はハイビートムーヴメントを採用していることをお伝えしましたが、時計は一般的に振動数が上がるのに比例して、部品への負担が大きくなり、摩耗しやすくなります。そのため、現代の時計でも10振動を採用している時計はごくわずかです。 これを前提とすると、ロードマーベル36000は摩耗しやすいムーヴメントに該当するはずですが、僕の修理経験上、そのようなことはほぼありませんでした。これもロードマーベル36000の丈夫さを確信させるエピソードの一つです。 よくネットで目にする『ハイビートは摩耗しやすく、壊れやすい』という情報は、一定正しいと思いますが、ハイビートの時計全てがイコールではないということは、お伝えしたいことです。 ロードマーベル36000を始め、僕がセレクトしているキングセイコーやグランドセイコーのモデルも、ハイビートでありながら摩耗が非常に少ないというのが実際のところです。 そしてシンプルな組み上げについて。 時計というのは、ムーヴメントによってそれぞれ構造が違います。"針を回す"というゴールは同じでも、そこまでのアプローチは本当に千差万別。 その中でもロードマーベル36000は、極めてシンプルに動力を伝える構造になっています。 これは僕の考えになりますが『可能な限り長い期間、時刻を正確に示し続ける』という時計の本質においては『丈夫な部品を極めてシンプルに組み上げる』というアプローチが最も正しいと思います。 結果的に、ロードマーベル36000は、50年以上経っていても、適したメンテナンスを行うことで、現代の一般的な機械式時計以上に、日差(機械式時計の1日における遅れ・進みの度合い)が少ないということも起きています。 『ロードマーベル36000のデザイン』 ロードマーベル36000のデザインは、シンプルなことが特徴の1つです。シンプルで普遍的なデザインは、飽きが来ないということや、様々なベルトに合わせやすいという良さがあります。 また、ケースサイズが34ミリと、現代のメンズサイズよりも少し小さめです。まだ海外の時計文化が入りきる前の時代ということもあり、日本人の体格に本質的に合ったサイズであり、ファッションにも取り入れやすいスタイルだと思います。 『ロードマーベル36000のラインナップ』 これまでお伝えしてきたことが、僕がご提案している『安心して永く楽しめるヴィンテージウォッチ』のラインナップに、ロードマーベル36000を入れた理由でもあります。最後にそのラインナップをご紹介したいと思います。マットブラックのモデルについては、ウチムラのオリジナルカスタムです。 ...
-
海外から見たVintage SEIKO
SEIKOの世界への挑戦とGrand Seikoの誕生 懐中時計と、輸入されたわずかな海外製腕時計しかなかった大正時代初期。SEIKO(当時はまだ別名)は1913年に国産初の腕時計『LAUREL(ローレル)』を誕生させました。 それからおよそ50年、スイス製が高品質・最高級腕時計の代名詞とされていた1960年。SEIKOは培ってきた技術を結集し『世界に挑戦する国産最高級の腕時計』としてGrand Seikoを誕生させました。"正確な時を示す"という時計の本質を追求し続け、1960年後半には機械式腕時計の精度を争う世界コンクールで頂点に。 その時に使用された機構がハイビートと呼ばれるもので、これ以降、腕時計の精度は飛躍的に上がっていきました。ごく簡潔にハイビートを説明すると、時計内部のある部品の振動数を上げることで、時計が姿勢変化による重力の影響を受けにくくなるため、精度が安定するという仕組みです。身近なもので言えば、コマは早く回っていると安定しますが、ゆっくりになると不安定になってくる、そんなイメージ。 僕がセレクトしているVintage SEIKOのモデルも全てハイビートです。国産初のハイビートモデルとして1967年に発売された『ロードマーベル36000』や、国産初の自動巻ハイビートモデルである61系グランドセイコーなど、ハイビートでありながら耐久性が高いものを、時計修理技師としての経験からセレクトしています。 『LORDMARVEL36000』 『61系Grand Seiko』 それからさらに50年経った現在、世界的なSEIKOの評価は高く、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも3位のシェアを誇るとのこと。 僕自身もVintage SEIKOのご提案を行っている中で、海外からオーダーをいただくことがあり、SEIKOに対する海外からの高い評価を肌身で感じています。 藤戸さん、ジュネーブへ 昨年に続き、10月5日(土)からVintage SEIKO Fair in 福岡を開催させていただく『Directors(FUJITO Flagship Store)』さん。FUJITOは20年以上続く福岡発のアパレルブランドで、海外にも展開されています。 今回、その代表である藤戸さんが、偶然にも時計の街であるスイスのジュネーブにてトランクショーを行うということで、僕が提案しているヴィンテージグランドセイコーを着用していただき、現地の方の実際の評価や、イメージを聞いてきていただきました。 藤戸さんに選んでいただいたのは、自動巻ながら薄さと軽さが特徴の『56系グランドセイコー』。ベルトは綺麗めカジュアルな印象のエプソンレザーのブラックを選択。「グランドセイコーだけど、過度に主張する感じがなく、渋くていいですよね〜」と藤戸さん。 前述にもある通り、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも、世界3位のシェアを誇るというSEIKOなので、海外でも有名であることはわかっていましたが、藤戸さんとのお話の中で共に驚いたことは「ヴィンテージグランドセイコーか!良い時計してるね!」と声をかけられたということ。現行品であれば想像出来た反応ですが、ヴィンテージでそれがあるとは…そこまでの認知に驚きでした。 ジュネーブの街には、わりとヴィンテージウォッチ店は多くあるものの、ヴィンテージグランドセイコーの実物を見れることはほとんどないようです。 気になる評価としては、まずモノづくりがすごく良いということと、そのクオリティに対しての価格がとても安いというイメージがあるそうです。これについては、藤戸さんがご自身のブランドFUJITO(Made in Japan)に対する海外からの評価とかなり似ているとのことで、改めて日本のモノづくりの良さを感じられる出来事でした。...
海外から見たVintage SEIKO
SEIKOの世界への挑戦とGrand Seikoの誕生 懐中時計と、輸入されたわずかな海外製腕時計しかなかった大正時代初期。SEIKO(当時はまだ別名)は1913年に国産初の腕時計『LAUREL(ローレル)』を誕生させました。 それからおよそ50年、スイス製が高品質・最高級腕時計の代名詞とされていた1960年。SEIKOは培ってきた技術を結集し『世界に挑戦する国産最高級の腕時計』としてGrand Seikoを誕生させました。"正確な時を示す"という時計の本質を追求し続け、1960年後半には機械式腕時計の精度を争う世界コンクールで頂点に。 その時に使用された機構がハイビートと呼ばれるもので、これ以降、腕時計の精度は飛躍的に上がっていきました。ごく簡潔にハイビートを説明すると、時計内部のある部品の振動数を上げることで、時計が姿勢変化による重力の影響を受けにくくなるため、精度が安定するという仕組みです。身近なもので言えば、コマは早く回っていると安定しますが、ゆっくりになると不安定になってくる、そんなイメージ。 僕がセレクトしているVintage SEIKOのモデルも全てハイビートです。国産初のハイビートモデルとして1967年に発売された『ロードマーベル36000』や、国産初の自動巻ハイビートモデルである61系グランドセイコーなど、ハイビートでありながら耐久性が高いものを、時計修理技師としての経験からセレクトしています。 『LORDMARVEL36000』 『61系Grand Seiko』 それからさらに50年経った現在、世界的なSEIKOの評価は高く、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも3位のシェアを誇るとのこと。 僕自身もVintage SEIKOのご提案を行っている中で、海外からオーダーをいただくことがあり、SEIKOに対する海外からの高い評価を肌身で感じています。 藤戸さん、ジュネーブへ 昨年に続き、10月5日(土)からVintage SEIKO Fair in 福岡を開催させていただく『Directors(FUJITO Flagship Store)』さん。FUJITOは20年以上続く福岡発のアパレルブランドで、海外にも展開されています。 今回、その代表である藤戸さんが、偶然にも時計の街であるスイスのジュネーブにてトランクショーを行うということで、僕が提案しているヴィンテージグランドセイコーを着用していただき、現地の方の実際の評価や、イメージを聞いてきていただきました。 藤戸さんに選んでいただいたのは、自動巻ながら薄さと軽さが特徴の『56系グランドセイコー』。ベルトは綺麗めカジュアルな印象のエプソンレザーのブラックを選択。「グランドセイコーだけど、過度に主張する感じがなく、渋くていいですよね〜」と藤戸さん。 前述にもある通り、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも、世界3位のシェアを誇るというSEIKOなので、海外でも有名であることはわかっていましたが、藤戸さんとのお話の中で共に驚いたことは「ヴィンテージグランドセイコーか!良い時計してるね!」と声をかけられたということ。現行品であれば想像出来た反応ですが、ヴィンテージでそれがあるとは…そこまでの認知に驚きでした。 ジュネーブの街には、わりとヴィンテージウォッチ店は多くあるものの、ヴィンテージグランドセイコーの実物を見れることはほとんどないようです。 気になる評価としては、まずモノづくりがすごく良いということと、そのクオリティに対しての価格がとても安いというイメージがあるそうです。これについては、藤戸さんがご自身のブランドFUJITO(Made in Japan)に対する海外からの評価とかなり似ているとのことで、改めて日本のモノづくりの良さを感じられる出来事でした。...
-
藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 前編
藤戸剛さんは、ブランド「FUJITO」の創業者でありデザイナー、また福岡や九州地域を代表するクリエイターです。「thought」という合同展示会や「BLEND MARKET」のディレクターも務め、多岐にわたる分野でご活躍されています。 FUJITO アパレル業界が不況とされる中「FUJITO」は20年以上続いており、ここまで長くブランドを維持し、お客様から愛され続けている理由は一体何なのでしょうか。来年で創業80年を迎える内村時計店3代目である内村太郎が、100年に向けての示唆を得るため、その秘訣に迫ろうと思います。 ブランド「FUJITO」立ち上げの経緯を簡単にお聞かせいただけますか? 藤戸さん(以下、敬称略) 僕は前職でドゥニームの販売代行の会社にいました。ショップの店長だったので、モノづくりにはノータッチで、ただひたすらにお店を運営しているという状況でしたね。そこでの最後の一年くらいかな、事務所を友達とシェアオフィスのようして、仕事終わり夜な夜な集まってはシルクスクリーンTシャツなどを作って、それを友達に売ったりとかってことをやっていたんですよ。その時はFUJITOってブランド名ではなかったんですけどね。まぁまだ遊んでたってことだよね。 そんな中で勤めていたお店が閉店するってなった時に、先輩方から「藤戸くんはこの後何するの?」みたいなことを言っていただき「ちょっと決めてないですね」ってお伝えすると「いやいや、ブランドやるんでしょ〜」みたいな感じになって始まったのがきっかけですね。 内村 ブランドを立ち上げるために集まってモノづくりをしていたわけではなかったのですね? 藤戸 そうですね、僕はいわゆるデザイン学校にも行っていないので。服好きが販売員をやっていて、お店がなくなったから自分でブランドを立ち上げたってことですね。 内村 よく聞くようなデザイナー業を学ばずに始められたということですか? 藤戸 そう、いわゆる普通の大学に行って、合コンしたりして。デザインの勉強みたいなことはやっていなかったけど、販売が好きだったから、10代の頃からお客様への接客に関することは割と長いことやらせてもらっていました。むしろ、僕の周りでブランドをやっている人間は、デザイン学校卒ってあんまりいないんですよ。僕は販売員上がりの人としか戯れてないんです。(笑) 内村 販売員上がりでブランドを立ち上げるってすごいですよね。そういうことって出来るものなんですね!? 藤戸 いずれにせよブランドを立ち上げるのは難しいことだとは思うのですが、学校を出ているから近道っていうこともなくて。僕の場合は作っている洋服がカジュアルで、それを『リアルクローズ』と呼んでます。『必要たる洋服』を作っているので別に学校で勉強することってそんなにないんですよね。古着を知っているかどうかみたいなことはあると思うし、モノづくりに関してはもしかしたらそっちの方がいいのかもしれないですけど、企画して生産を工場さんやパタンナーさんと話すとかって形になると、それを学校で教えてもらえるかというと、また違うかなと思うんですよ。もちろん自分で縫うなら別ですけど。つまり、モードのブランドをやりたいんだったら、そういう道もなくはないと思うんですけどね。 内村 とても興味深いお話ですね。「リアルクローズ」というところがポイントで、モードとは違ったモノづくり側からのアプローチがそれを可能にさせているということですかね。...
藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 前編
藤戸剛さんは、ブランド「FUJITO」の創業者でありデザイナー、また福岡や九州地域を代表するクリエイターです。「thought」という合同展示会や「BLEND MARKET」のディレクターも務め、多岐にわたる分野でご活躍されています。 FUJITO アパレル業界が不況とされる中「FUJITO」は20年以上続いており、ここまで長くブランドを維持し、お客様から愛され続けている理由は一体何なのでしょうか。来年で創業80年を迎える内村時計店3代目である内村太郎が、100年に向けての示唆を得るため、その秘訣に迫ろうと思います。 ブランド「FUJITO」立ち上げの経緯を簡単にお聞かせいただけますか? 藤戸さん(以下、敬称略) 僕は前職でドゥニームの販売代行の会社にいました。ショップの店長だったので、モノづくりにはノータッチで、ただひたすらにお店を運営しているという状況でしたね。そこでの最後の一年くらいかな、事務所を友達とシェアオフィスのようして、仕事終わり夜な夜な集まってはシルクスクリーンTシャツなどを作って、それを友達に売ったりとかってことをやっていたんですよ。その時はFUJITOってブランド名ではなかったんですけどね。まぁまだ遊んでたってことだよね。 そんな中で勤めていたお店が閉店するってなった時に、先輩方から「藤戸くんはこの後何するの?」みたいなことを言っていただき「ちょっと決めてないですね」ってお伝えすると「いやいや、ブランドやるんでしょ〜」みたいな感じになって始まったのがきっかけですね。 内村 ブランドを立ち上げるために集まってモノづくりをしていたわけではなかったのですね? 藤戸 そうですね、僕はいわゆるデザイン学校にも行っていないので。服好きが販売員をやっていて、お店がなくなったから自分でブランドを立ち上げたってことですね。 内村 よく聞くようなデザイナー業を学ばずに始められたということですか? 藤戸 そう、いわゆる普通の大学に行って、合コンしたりして。デザインの勉強みたいなことはやっていなかったけど、販売が好きだったから、10代の頃からお客様への接客に関することは割と長いことやらせてもらっていました。むしろ、僕の周りでブランドをやっている人間は、デザイン学校卒ってあんまりいないんですよ。僕は販売員上がりの人としか戯れてないんです。(笑) 内村 販売員上がりでブランドを立ち上げるってすごいですよね。そういうことって出来るものなんですね!? 藤戸 いずれにせよブランドを立ち上げるのは難しいことだとは思うのですが、学校を出ているから近道っていうこともなくて。僕の場合は作っている洋服がカジュアルで、それを『リアルクローズ』と呼んでます。『必要たる洋服』を作っているので別に学校で勉強することってそんなにないんですよね。古着を知っているかどうかみたいなことはあると思うし、モノづくりに関してはもしかしたらそっちの方がいいのかもしれないですけど、企画して生産を工場さんやパタンナーさんと話すとかって形になると、それを学校で教えてもらえるかというと、また違うかなと思うんですよ。もちろん自分で縫うなら別ですけど。つまり、モードのブランドをやりたいんだったら、そういう道もなくはないと思うんですけどね。 内村 とても興味深いお話ですね。「リアルクローズ」というところがポイントで、モードとは違ったモノづくり側からのアプローチがそれを可能にさせているということですかね。...