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YUICHI TOYAMA. U-163 F.Gertrud
通常価格 ¥52,800 JPYから通常価格単価 / あたり -
YUICHI TOYAMA. U-162 F.Kandinsky
通常価格 ¥52,800 JPYから通常価格単価 / あたり -
EYEVAN Webb wide
通常価格 ¥50,600 JPYから通常価格単価 / あたり -
EYEVAN Sadler wide
通常価格 ¥50,600 JPYから通常価格単価 / あたり
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AHLEMに惹かれて
今年の5月、横浜・元町への移転に伴い、新しく取り扱いを始めたメガネブランド「AHLEM」。インスタグラムの投稿では、展開モデルのご紹介をしておりますが、どういうブランドなのか、ウチムラで扱うことになった背景等、ちゃんとお伝えできていなかったので、今回ブログにまとめています。是非最後までご覧頂けると嬉しいです! AHLEMとはどんなブランドか 2013年にAhlem Manai Platt(アーレム・マナイ・プラット)さんが、パリとLAを拠点に立ち上げたブランドです。製造は、世界眼鏡三大産地である、フランスのジュラ地方にて、職人さんの手作業によって生産されています。20世紀初頭のバウハウスムーブメントに強く影響を受けており、美しいフレームライン、シンプルなデザインのなかに、さりげなくあしらわれた繊細なディティールは、パリで生まれ育ちファッション業界出身のアーレムさんならでは。 Ahlem Manai Plattさん AHLEMとの出会い 私がAHLEMと出会ったのは、数年前のこと。元々全く違う業界で働いていたので、どういうメガネブランドがあるのかを勉強していく中で知ったブランドでした。また、メガネは人の印象を大きく左右する重要なアイテムのため、もっと自分のスタイルに合うものはないだろうか、と探していたところでした。そんな時に出会ったブランドがAHLEMです。 AHLEMのアイコンモデルのFOX型Place Mireille (ミレイユ)を初めて見た時「なんて素敵なメガネなんだろう!実際に試着してみたい!!」と思い、都内のとあるメガネ屋さんへ。 AHLEMのアイコンモデル Place Mireille 初めて手にしたAHLEMは、どれもメガネというより、ジュエリーやアクセサリーのような華やかさがあって、これまで見たメガネとは全然違う雰囲気に衝撃を受けました。 夫には、「AHLEMのFOX型を買いに行ってきます!!」と宣言をして行ったのですが、他にも素敵なフレームが沢山ありすぎて、散々迷った挙句、当初の目的とは違う小ぶりのクラウンパントMonceau(モンソー)を購入(笑)これが、初めて購入したAHLEMでした。 私が初めて購入したAhlem "Moncau" AHLEMを取り扱いに至った経緯 AHLEMの単なるファンだった当時、まさか自分のお店でAHLEMを扱えるとは、夢にも思っていませんでした。...
AHLEMに惹かれて
今年の5月、横浜・元町への移転に伴い、新しく取り扱いを始めたメガネブランド「AHLEM」。インスタグラムの投稿では、展開モデルのご紹介をしておりますが、どういうブランドなのか、ウチムラで扱うことになった背景等、ちゃんとお伝えできていなかったので、今回ブログにまとめています。是非最後までご覧頂けると嬉しいです! AHLEMとはどんなブランドか 2013年にAhlem Manai Platt(アーレム・マナイ・プラット)さんが、パリとLAを拠点に立ち上げたブランドです。製造は、世界眼鏡三大産地である、フランスのジュラ地方にて、職人さんの手作業によって生産されています。20世紀初頭のバウハウスムーブメントに強く影響を受けており、美しいフレームライン、シンプルなデザインのなかに、さりげなくあしらわれた繊細なディティールは、パリで生まれ育ちファッション業界出身のアーレムさんならでは。 Ahlem Manai Plattさん AHLEMとの出会い 私がAHLEMと出会ったのは、数年前のこと。元々全く違う業界で働いていたので、どういうメガネブランドがあるのかを勉強していく中で知ったブランドでした。また、メガネは人の印象を大きく左右する重要なアイテムのため、もっと自分のスタイルに合うものはないだろうか、と探していたところでした。そんな時に出会ったブランドがAHLEMです。 AHLEMのアイコンモデルのFOX型Place Mireille (ミレイユ)を初めて見た時「なんて素敵なメガネなんだろう!実際に試着してみたい!!」と思い、都内のとあるメガネ屋さんへ。 AHLEMのアイコンモデル Place Mireille 初めて手にしたAHLEMは、どれもメガネというより、ジュエリーやアクセサリーのような華やかさがあって、これまで見たメガネとは全然違う雰囲気に衝撃を受けました。 夫には、「AHLEMのFOX型を買いに行ってきます!!」と宣言をして行ったのですが、他にも素敵なフレームが沢山ありすぎて、散々迷った挙句、当初の目的とは違う小ぶりのクラウンパントMonceau(モンソー)を購入(笑)これが、初めて購入したAHLEMでした。 私が初めて購入したAhlem "Moncau" AHLEMを取り扱いに至った経緯 AHLEMの単なるファンだった当時、まさか自分のお店でAHLEMを扱えるとは、夢にも思っていませんでした。...
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海外から見たVintage SEIKO
SEIKOの世界への挑戦とGrand Seikoの誕生 懐中時計と、輸入されたわずかな海外製腕時計しかなかった大正時代初期。SEIKO(当時はまだ別名)は1913年に国産初の腕時計『LAUREL(ローレル)』を誕生させました。 それからおよそ50年、スイス製が高品質・最高級腕時計の代名詞とされていた1960年。SEIKOは培ってきた技術を結集し『世界に挑戦する国産最高級の腕時計』としてGrand Seikoを誕生させました。"正確な時を示す"という時計の本質を追求し続け、1960年後半には機械式腕時計の精度を争う世界コンクールで頂点に。 その時に使用された機構がハイビートと呼ばれるもので、これ以降、腕時計の精度は飛躍的に上がっていきました。ごく簡潔にハイビートを説明すると、時計内部のある部品の振動数を上げることで、時計が姿勢変化による重力の影響を受けにくくなるため、精度が安定するという仕組みです。身近なもので言えば、コマは早く回っていると安定しますが、ゆっくりになると不安定になってくる、そんなイメージ。 僕がセレクトしているVintage SEIKOのモデルも全てハイビートです。国産初のハイビートモデルとして1967年に発売された『ロードマーベル36000』や、国産初の自動巻ハイビートモデルである61系グランドセイコーなど、ハイビートでありながら耐久性が高いものを、時計修理技師としての経験からセレクトしています。 『LORDMARVEL36000』 『61系Grand Seiko』 それからさらに50年経った現在、世界的なSEIKOの評価は高く、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも3位のシェアを誇るとのこと。 僕自身もVintage SEIKOのご提案を行っている中で、海外からオーダーをいただくことがあり、SEIKOに対する海外からの高い評価を肌身で感じています。 藤戸さん、ジュネーブへ 昨年に続き、10月5日(土)からVintage SEIKO Fair in 福岡を開催させていただく『Directors(FUJITO Flagship Store)』さん。FUJITOは20年以上続く福岡発のアパレルブランドで、海外にも展開されています。 今回、その代表である藤戸さんが、偶然にも時計の街であるスイスのジュネーブにてトランクショーを行うということで、僕が提案しているヴィンテージグランドセイコーを着用していただき、現地の方の実際の評価や、イメージを聞いてきていただきました。 藤戸さんに選んでいただいたのは、自動巻ながら薄さと軽さが特徴の『56系グランドセイコー』。ベルトは綺麗めカジュアルな印象のエプソンレザーのブラックを選択。「グランドセイコーだけど、過度に主張する感じがなく、渋くていいですよね〜」と藤戸さん。 前述にもある通り、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも、世界3位のシェアを誇るというSEIKOなので、海外でも有名であることはわかっていましたが、藤戸さんとのお話の中で共に驚いたことは「ヴィンテージグランドセイコーか!良い時計してるね!」と声をかけられたということ。現行品であれば想像出来た反応ですが、ヴィンテージでそれがあるとは…そこまでの認知に驚きでした。 ジュネーブの街には、わりとヴィンテージウォッチ店は多くあるものの、ヴィンテージグランドセイコーの実物を見れることはほとんどないようです。 気になる評価としては、まずモノづくりがすごく良いということと、そのクオリティに対しての価格がとても安いというイメージがあるそうです。これについては、藤戸さんがご自身のブランドFUJITO(Made in Japan)に対する海外からの評価とかなり似ているとのことで、改めて日本のモノづくりの良さを感じられる出来事でした。...
海外から見たVintage SEIKO
SEIKOの世界への挑戦とGrand Seikoの誕生 懐中時計と、輸入されたわずかな海外製腕時計しかなかった大正時代初期。SEIKO(当時はまだ別名)は1913年に国産初の腕時計『LAUREL(ローレル)』を誕生させました。 それからおよそ50年、スイス製が高品質・最高級腕時計の代名詞とされていた1960年。SEIKOは培ってきた技術を結集し『世界に挑戦する国産最高級の腕時計』としてGrand Seikoを誕生させました。"正確な時を示す"という時計の本質を追求し続け、1960年後半には機械式腕時計の精度を争う世界コンクールで頂点に。 その時に使用された機構がハイビートと呼ばれるもので、これ以降、腕時計の精度は飛躍的に上がっていきました。ごく簡潔にハイビートを説明すると、時計内部のある部品の振動数を上げることで、時計が姿勢変化による重力の影響を受けにくくなるため、精度が安定するという仕組みです。身近なもので言えば、コマは早く回っていると安定しますが、ゆっくりになると不安定になってくる、そんなイメージ。 僕がセレクトしているVintage SEIKOのモデルも全てハイビートです。国産初のハイビートモデルとして1967年に発売された『ロードマーベル36000』や、国産初の自動巻ハイビートモデルである61系グランドセイコーなど、ハイビートでありながら耐久性が高いものを、時計修理技師としての経験からセレクトしています。 『LORDMARVEL36000』 『61系Grand Seiko』 それからさらに50年経った現在、世界的なSEIKOの評価は高く、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも3位のシェアを誇るとのこと。 僕自身もVintage SEIKOのご提案を行っている中で、海外からオーダーをいただくことがあり、SEIKOに対する海外からの高い評価を肌身で感じています。 藤戸さん、ジュネーブへ 昨年に続き、10月5日(土)からVintage SEIKO Fair in 福岡を開催させていただく『Directors(FUJITO Flagship Store)』さん。FUJITOは20年以上続く福岡発のアパレルブランドで、海外にも展開されています。 今回、その代表である藤戸さんが、偶然にも時計の街であるスイスのジュネーブにてトランクショーを行うということで、僕が提案しているヴィンテージグランドセイコーを着用していただき、現地の方の実際の評価や、イメージを聞いてきていただきました。 藤戸さんに選んでいただいたのは、自動巻ながら薄さと軽さが特徴の『56系グランドセイコー』。ベルトは綺麗めカジュアルな印象のエプソンレザーのブラックを選択。「グランドセイコーだけど、過度に主張する感じがなく、渋くていいですよね〜」と藤戸さん。 前述にもある通り、世界最大級の高級時計マーケットプレイスでも、世界3位のシェアを誇るというSEIKOなので、海外でも有名であることはわかっていましたが、藤戸さんとのお話の中で共に驚いたことは「ヴィンテージグランドセイコーか!良い時計してるね!」と声をかけられたということ。現行品であれば想像出来た反応ですが、ヴィンテージでそれがあるとは…そこまでの認知に驚きでした。 ジュネーブの街には、わりとヴィンテージウォッチ店は多くあるものの、ヴィンテージグランドセイコーの実物を見れることはほとんどないようです。 気になる評価としては、まずモノづくりがすごく良いということと、そのクオリティに対しての価格がとても安いというイメージがあるそうです。これについては、藤戸さんがご自身のブランドFUJITO(Made in Japan)に対する海外からの評価とかなり似ているとのことで、改めて日本のモノづくりの良さを感じられる出来事でした。...
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藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 前編
藤戸剛さんは、ブランド「FUJITO」の創業者でありデザイナー、また福岡や九州地域を代表するクリエイターです。「thought」という合同展示会や「BLEND MARKET」のディレクターも務め、多岐にわたる分野でご活躍されています。 FUJITO アパレル業界が不況とされる中「FUJITO」は20年以上続いており、ここまで長くブランドを維持し、お客様から愛され続けている理由は一体何なのでしょうか。来年で創業80年を迎える内村時計店3代目である内村太郎が、100年に向けての示唆を得るため、その秘訣に迫ろうと思います。 ブランド「FUJITO」立ち上げの経緯を簡単にお聞かせいただけますか? 藤戸さん(以下、敬称略) 僕は前職でドゥニームの販売代行の会社にいました。ショップの店長だったので、モノづくりにはノータッチで、ただひたすらにお店を運営しているという状況でしたね。そこでの最後の一年くらいかな、事務所を友達とシェアオフィスのようして、仕事終わり夜な夜な集まってはシルクスクリーンTシャツなどを作って、それを友達に売ったりとかってことをやっていたんですよ。その時はFUJITOってブランド名ではなかったんですけどね。まぁまだ遊んでたってことだよね。 そんな中で勤めていたお店が閉店するってなった時に、先輩方から「藤戸くんはこの後何するの?」みたいなことを言っていただき「ちょっと決めてないですね」ってお伝えすると「いやいや、ブランドやるんでしょ〜」みたいな感じになって始まったのがきっかけですね。 内村 ブランドを立ち上げるために集まってモノづくりをしていたわけではなかったのですね? 藤戸 そうですね、僕はいわゆるデザイン学校にも行っていないので。服好きが販売員をやっていて、お店がなくなったから自分でブランドを立ち上げたってことですね。 内村 よく聞くようなデザイナー業を学ばずに始められたということですか? 藤戸 そう、いわゆる普通の大学に行って、合コンしたりして。デザインの勉強みたいなことはやっていなかったけど、販売が好きだったから、10代の頃からお客様への接客に関することは割と長いことやらせてもらっていました。むしろ、僕の周りでブランドをやっている人間は、デザイン学校卒ってあんまりいないんですよ。僕は販売員上がりの人としか戯れてないんです。(笑) 内村 販売員上がりでブランドを立ち上げるってすごいですよね。そういうことって出来るものなんですね!? 藤戸 いずれにせよブランドを立ち上げるのは難しいことだとは思うのですが、学校を出ているから近道っていうこともなくて。僕の場合は作っている洋服がカジュアルで、それを『リアルクローズ』と呼んでます。『必要たる洋服』を作っているので別に学校で勉強することってそんなにないんですよね。古着を知っているかどうかみたいなことはあると思うし、モノづくりに関してはもしかしたらそっちの方がいいのかもしれないですけど、企画して生産を工場さんやパタンナーさんと話すとかって形になると、それを学校で教えてもらえるかというと、また違うかなと思うんですよ。もちろん自分で縫うなら別ですけど。つまり、モードのブランドをやりたいんだったら、そういう道もなくはないと思うんですけどね。 内村 とても興味深いお話ですね。「リアルクローズ」というところがポイントで、モードとは違ったモノづくり側からのアプローチがそれを可能にさせているということですかね。...
藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 前編
藤戸剛さんは、ブランド「FUJITO」の創業者でありデザイナー、また福岡や九州地域を代表するクリエイターです。「thought」という合同展示会や「BLEND MARKET」のディレクターも務め、多岐にわたる分野でご活躍されています。 FUJITO アパレル業界が不況とされる中「FUJITO」は20年以上続いており、ここまで長くブランドを維持し、お客様から愛され続けている理由は一体何なのでしょうか。来年で創業80年を迎える内村時計店3代目である内村太郎が、100年に向けての示唆を得るため、その秘訣に迫ろうと思います。 ブランド「FUJITO」立ち上げの経緯を簡単にお聞かせいただけますか? 藤戸さん(以下、敬称略) 僕は前職でドゥニームの販売代行の会社にいました。ショップの店長だったので、モノづくりにはノータッチで、ただひたすらにお店を運営しているという状況でしたね。そこでの最後の一年くらいかな、事務所を友達とシェアオフィスのようして、仕事終わり夜な夜な集まってはシルクスクリーンTシャツなどを作って、それを友達に売ったりとかってことをやっていたんですよ。その時はFUJITOってブランド名ではなかったんですけどね。まぁまだ遊んでたってことだよね。 そんな中で勤めていたお店が閉店するってなった時に、先輩方から「藤戸くんはこの後何するの?」みたいなことを言っていただき「ちょっと決めてないですね」ってお伝えすると「いやいや、ブランドやるんでしょ〜」みたいな感じになって始まったのがきっかけですね。 内村 ブランドを立ち上げるために集まってモノづくりをしていたわけではなかったのですね? 藤戸 そうですね、僕はいわゆるデザイン学校にも行っていないので。服好きが販売員をやっていて、お店がなくなったから自分でブランドを立ち上げたってことですね。 内村 よく聞くようなデザイナー業を学ばずに始められたということですか? 藤戸 そう、いわゆる普通の大学に行って、合コンしたりして。デザインの勉強みたいなことはやっていなかったけど、販売が好きだったから、10代の頃からお客様への接客に関することは割と長いことやらせてもらっていました。むしろ、僕の周りでブランドをやっている人間は、デザイン学校卒ってあんまりいないんですよ。僕は販売員上がりの人としか戯れてないんです。(笑) 内村 販売員上がりでブランドを立ち上げるってすごいですよね。そういうことって出来るものなんですね!? 藤戸 いずれにせよブランドを立ち上げるのは難しいことだとは思うのですが、学校を出ているから近道っていうこともなくて。僕の場合は作っている洋服がカジュアルで、それを『リアルクローズ』と呼んでます。『必要たる洋服』を作っているので別に学校で勉強することってそんなにないんですよね。古着を知っているかどうかみたいなことはあると思うし、モノづくりに関してはもしかしたらそっちの方がいいのかもしれないですけど、企画して生産を工場さんやパタンナーさんと話すとかって形になると、それを学校で教えてもらえるかというと、また違うかなと思うんですよ。もちろん自分で縫うなら別ですけど。つまり、モードのブランドをやりたいんだったら、そういう道もなくはないと思うんですけどね。 内村 とても興味深いお話ですね。「リアルクローズ」というところがポイントで、モードとは違ったモノづくり側からのアプローチがそれを可能にさせているということですかね。...
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藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 後編
ブランドが成功する上で、人間性やストーリー性も大きな影響を与えると思っております。 藤戸さんのブランド「FUJITO」における人間性やストーリー性について教えていただけますか? 藤戸 ないですね〜 。人間性とかってメディアとかの後付けですしね。 見た目とか方言が面白いとかは正直どうでもいいと思っていますね。 結局は物じゃないですか。物にパワーがあって売れないことにはどうにもならない。 僕らに対してめっちゃオモロイ奴がいるって評価してくれたとしても、作る服が着れないってなれば意味がないでしょ。 内村 確かにそうですよね。 背景やストーリー、哲学などはブランドを作り上げていく上で積み上がっていくものですもんね。 藤戸 まあね。そもそもブランドが存在していなかったら興味なんか湧かないでしょ。 だから卵が先か鶏が先かの話になってくるわけで、やっぱり僕は物ありきでフューチャーして欲しいんですよ。 物にフューチャーしてもらうために、僕らはこうやって表に出て行かなきゃいけないというだけの話です。 その上で僕の人間性を評価してもらって、ちょっと行ってみようかなと思ってくれる方が1人でも増えるのなら、それは嬉しいですけど。 内村 人間性やストーリー性に本質が存在するのではなく、あくまで物に本質を求めているので、プラスα程度ということになるのですね。 藤戸 そう考えています。 僕は有名人でもないですし、なりたいわけでもないですしね。 服売って流通やってますからね。 僕が売れてもしょうがないですよ。(笑) 仰る通りで、ブランドの知名度が上がってきたところで質問された時の答えが、人によっては面白く聞こえたり、そういう背景があったとは素晴らしいですね〜的な感じになってるだけですよね。みんなそうだと思いますけどね。...
藤戸剛【FUJITOデザイナー】× 内村太郎【内村時計店3代目】スペシャル対談 後編
ブランドが成功する上で、人間性やストーリー性も大きな影響を与えると思っております。 藤戸さんのブランド「FUJITO」における人間性やストーリー性について教えていただけますか? 藤戸 ないですね〜 。人間性とかってメディアとかの後付けですしね。 見た目とか方言が面白いとかは正直どうでもいいと思っていますね。 結局は物じゃないですか。物にパワーがあって売れないことにはどうにもならない。 僕らに対してめっちゃオモロイ奴がいるって評価してくれたとしても、作る服が着れないってなれば意味がないでしょ。 内村 確かにそうですよね。 背景やストーリー、哲学などはブランドを作り上げていく上で積み上がっていくものですもんね。 藤戸 まあね。そもそもブランドが存在していなかったら興味なんか湧かないでしょ。 だから卵が先か鶏が先かの話になってくるわけで、やっぱり僕は物ありきでフューチャーして欲しいんですよ。 物にフューチャーしてもらうために、僕らはこうやって表に出て行かなきゃいけないというだけの話です。 その上で僕の人間性を評価してもらって、ちょっと行ってみようかなと思ってくれる方が1人でも増えるのなら、それは嬉しいですけど。 内村 人間性やストーリー性に本質が存在するのではなく、あくまで物に本質を求めているので、プラスα程度ということになるのですね。 藤戸 そう考えています。 僕は有名人でもないですし、なりたいわけでもないですしね。 服売って流通やってますからね。 僕が売れてもしょうがないですよ。(笑) 仰る通りで、ブランドの知名度が上がってきたところで質問された時の答えが、人によっては面白く聞こえたり、そういう背景があったとは素晴らしいですね〜的な感じになってるだけですよね。みんなそうだと思いますけどね。...
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2024年5月1日、横浜元町・代官坂にリニューアルオープン。
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