眼鏡の魅力を探る座談会、前編 —— Globe Specs 服部さん × çanoma 渡辺さん × 内村眼鏡店 三代目 Miki

眼鏡の魅力を探る座談会、前編 —— Globe Specs 服部さん × çanoma 渡辺さん × 内村眼鏡店 三代目 Miki

内村眼鏡店の三代目として、眼鏡業界に携わり約4年。 それまで全く異なる業界を経験してきたからこそ気づけること、出来ることもあると感じています。

その一方で、メガネというプロダクトや業界と向き合う中で、もっと深い部分にある魅力を知りたい、そんな好奇心も常にあります。

そこで今回は、メガネに造詣が深いお二人をお招きし、 座談会を開催させていただきました。

お一人目は、眼鏡業界の生き字引ともいえる存在、グローブスペックスの服部さん。

お二人目は、ご自身の香水ブランドçanoma(サノマ)のクリエイティブディレクターであり、眼鏡愛好家でもある渡辺さん。

それぞれの視点で語られるメガネの魅力とは…

メガネにまつわる価値観や選び方、スタイリングとの関係、さらには香水と眼鏡の意外な共通点についてまで、 深く掘り下げていきます!

今回の座談会が、皆さまにとっても新たな発見や視点の広がりになれば幸いです。

 

1. お二人にとって、メガネの魅力とは?

 

MIKI

まず、お二人がメガネに惹かれたきっかけを教えてください。では、服部さんからお願いします。

服部さん (以下、敬称略)

僕の場合、始まりはネガティブなものでした。眼の病気が原因でメガネを作らなければならなくなったんです。

当時は、今のように選べる眼鏡屋さんがほとんどなかったので、自分で情報を集めて、原宿にあるお店で、きちんと検査をして作ってもらいました。でも、その仕上がりがとても残念で…すごくショックを受けましたね。

それから納得のいく眼鏡屋さんを探し続けたのですが、なかなか見つからない…当時、メガネはファッションという概念もほとんどありませんでしたから。でも、諦めきれなかったんです。

ちょうどその頃、BEAMSがスタートしたばかりで、原宿の店舗によく遊びに行っていました。その頃の店長は今やアパレル業界の重鎮である栗野さんで、毎回すごく楽しかったんです。

そんな時にたまたま『Craftsmanship』という眼鏡屋さんに出会って。場所は、今ユナイテッドアローズ本店があるあたりのビルの3階かな。

「これはすごい!」と思いましたね。僕、昔から勘が鋭いんですよ(笑)

そのお店で接客していたのが、現在の白山眼鏡店の社長・将視さんだったんです。当時はお一人でやられていましたが、その世界観に圧倒されました。僕はそこからファッションとしてのメガネへの関心が一気に高まりました。

渡辺さん (以下、敬称略)

すごいお話ですね〜。ちなみに、それはいつ頃ですか?

服部

1982年くらいだったと思います。実はそのお店、わずか2年程しか存在しなかった、幻のようなショップなんですよ!

渡辺

へぇ〜、そのタイミングを逃していたら、今の服部さんはなかったかもしれないですね。

服部

本当にその通りです。その出会いがきっかけで、この業界に入る決意をしました。「これだ」と思ったんです。視力をしっかり矯正しながらも、その人らしいファッション感覚にも響くメガネを届けたい、心からそう思いました。

MIKI

それがきっかけだったんですね!渡辺さんのきっかけは何だったんですか?

渡辺

私も服部さんと少し似ている部分があります。もともと眼圧が高くて。中学・高校・大学初期までは陸上をしていたので、ずっとコンタクトレンズでしたが、眼の状態があまり良くなく、使い続けるのがしんどくなってきたんです。

大学時代にアルバイトを初め、少し余裕ができたタイミングで「せっかくならおしゃれで、かつ視力矯正をちゃんとしたメガネが欲しい」と思うようになりました。

ただ、最初に行ったのが渋谷の量販店で…そこにはハイブランドのメガネがずらりと並んでいたのですが、全然ピンと来なかったんですよ。

「なんでこれがこんな価格なんだろう?」と、全く納得できなかったんです。

服部

うんうん、その気持ちわかりますね。

渡辺

結局その場では買わず…自分で頑張って貯めたお金を、そこに使う気になれなかったんですよね。その後になんとなく渋谷を歩いていたら、パルコPART3の半地下に「なんか眼鏡屋さんっぽいな」と思うお店を見つけて…それがPOKER FACEで、そこで出会ったのが『Alain Mikli』だったんです。

さっきのハイブランドと同じくらいの価格帯なのに、生地の質感や色味、艶感がまるで違う。その時に購入したメガネは表が黒で、裏側がラメ入りのバーガンディ、ヒンジにはバネが仕込まれていて、とてもかけ心地が良かったです。

当時、メガネのことを何も知らなかった私でも「これは間違いなく洗練されてる」と感じました。

それが眼鏡にハマるきっかけでもあり、同時に「世の中には、あまり知られていなくても、良いものをつくっている人たちがいる」ということにも気づかされた瞬間でした。ブランドの知名度とは別に"良いもの"って確かにあるんだって思えたんです。

服部

へぇ〜、そんな出会いがあったんですね。それって何年くらいでしたか?

渡辺

おそらく2007年頃ですね。

MIKI

私もずっと運動していたので、実はコンタクト派だったんですが、大学4年のときに夫と出会って、彼の実家が眼鏡・時計屋(※現ウチムラ)をやっていたんです。それで「せっかくなら彼のところで作ろう」と思ってメガネを作ってもらいました。

当時は、商店街にある、いわゆる町の眼鏡屋さんで、Line ArtやPOLICEなどのブランドが多く並んでいて、その中から「まあ、これならいいかな」というものを選んでいました。その後「もっと自分にとってしっくりくる眼鏡ってないのかな」と探していたときに出会ったのが『AHLEMのミレイユだったんです。当時、全くメガネの知識がなかった私でも「これだ!」と一目で惹かれました。

まさかそのブランドを自分のお店で扱えるようになるとは思っていなかったので、今はそのことがとても嬉しく、不思議な気持ちです(笑)

MIKI

お二人は「これは特別だ」と感じた一本ってありますか?

服部

僕はアメリカ勤務時代に出会った『ROBERT MARC』のお店が衝撃でした。1989年に渡米したのですが、当時の日本にはセレクトショップ的な眼鏡店はほとんどなかったんです。でもマンハッタンで偶然見つけたこのお店は、僕が働いていたお店の何十倍も魅力的で。しかも日本で見たことがない日本製のメガネを扱っていたんです!

ディスプレイも斬新でしたね。間口の狭い店内で、毎週「おすすめの一本」を打ち出すブティックスタイル。日本の眼鏡屋が商品を大量に並べていた時代に、1点集中で提案するそのスタイルは本当に新鮮でした。お客として何度も通ったほどです(笑)

渡辺

なるほど。服部さんにとっては"一本のメガネ"というより『ROBERT MARC』というお店そのものが特別な存在なんですね。

服部

あ、そうですね(笑)

でも一本のメガネで言うなら、僕も『Alain Mikli』かもしれません。そこから本格的にメガネの世界に引き込まれていった感覚があります。当時Alain Mikliのオンリーショップにもよく足を運びましたよ。

MIKI

服部さんの視点は、ユーザーというより、もう店をやる側の感じですね。

服部

はい、独立を考え始めていた時期だったので、自然とそういう目線になっていたと思います。惹かれるのは、作り手の感覚がしっかりと感じられるプロダクト。Alain Mikliは、当時まだ数少ない本物のデザイナーによるアイウェアでした。突出していましたよ。

渡辺

僕は特別な思い入れがあるメガネを1本には絞れないのですが、特に印象に残っているものを3本挙げると…

まず1本目は、先ほどもお話しした初めて買ったメガネですね。

2本目も同じくアラン・ミクリのもので「PACT(ペクト)」というシリーズでした。 黒いフレームに透明な抜き加工が施されていて、その抜き方が10パターンくらいあったと思います。天地の浅い昔ながらの雰囲気を持つモデルが特に気に入っていて、よく掛けていました。 

3本目は『Oliver Goldsmith』のCONSUL(コンスル)のフルハンドメイドモデルです。 当時のオリバーゴールドスミスは、イギリス・イタリア・日本の3拠点で製造を行っていたのですが、その中でコンスルの一部は、日本製のフルハンドメイドでした。 Alain Mikliのようなバネ蝶番などのギミックはないんですが、シンプルなデザインで、重さを感じさせない掛け心地、クラシックな格好良さに気づかせてくれたモデルでした。

もう1本挙げるなら『MASAHIRO MARUYAMA』のメガネ。 初めて見たときはかなり衝撃的でした。たしか2012年頃、ブランドデビュー時だったと思います。dessin(デッサン)というシリーズで、手で描いた線をそのまま形にしたような、大きめのフレームだったんです。ただの奇抜さではなく、既存の枠にとらわれないアイデアと表現に魅了されました。メガネにもこういうユニークな世界があるんだと、視野が広がりましたね。

 

2. メガネを選ぶときに大切にしていることは?

 

MIKI

デザインやフィット感、素材など、メガネを選ぶ際に最も重視しているポイントは何でしょうか?

服部

僕はやっぱりデザインですね。こうなりたいと思う自分に近づけてくれるアイテムを選びます。その時々でなりたい自分が違うので、日によって変えますし、会う人や行く場所によっても変えますね。

昔は冠婚葬祭用のメガネが必要だなと思ったこともありましたが、実際はそういうのは持ってなかったりして(笑)

渡辺

私は作り手(香水)としての立場もあるので、プロダクトとしてどうかという視点は強いです。ギミックや技術的な面白さに惹かれることはもちろんですが、それ以上に"良いものを作ろう"という作り手の姿勢が伝わってくるメガネに惹かれます。奇をてらったものや、売るためだけの工夫ではなくて、真摯にモノづくりに向き合っている姿勢が感じられるものが好きなんです。そういう意味では、コーディネートのしやすさはあまり優先していません。

MIKI

なるほど、そこまで考えて選んでいるんですね。

渡辺

そのメガネが面白いプロダクトだから買うというのもありますし、そういう良いものを生み出してくれた作り手に対して、少しでも応援したいという気持ちもあるんです。それが結果的にマーケットの健全化にもつながると信じていて(笑)

服部

ワハハ!それはすごい話ですね。なんとなく予想はしていましたけど(笑)

渡辺

良いものがちゃんと売れていく世の中であって欲しいと思うんです。単なるPRやブランディングに頼るのではなく、それぞれの審美眼やリテラシー(解像度)で選ばれていくのが、モノづくりと消費の本来の関係だと思っていて。

自分の持っている知識や感性で、これは良いと思えるものには、きちんとお金を払って作り手に還元したい。そういう気持ちでメガネを選ぶことが多いです。

MIKI

その見方はとても興味深いです。

渡辺

あとは、プロダクトはバランスが重要だと思っています。ただ素材が良くて、いい工場で丁寧に作られたというだけでは、必ずしも良いとは言えないと思うんですよね。

MIKI

それはよくわかります!

渡辺

例えば、全てにこだわっているいうのも、逆に言えば、何にもこだわっていないと言えるかもしれません。デザイナーが「ここは絶対に譲れない、でもあえてここはこだわらない」という判断をしているかどうか、その取捨選択のセンスが、プロダクト全体の魅力を作っていると思います。

ファッションと機能性って、時に相反する要素でもありますし。どこをどのくらい犠牲にして、何を優先するかというバランス感覚はすごく重要です。

MIKI

TPOに合わせて選ぶこともあるということですかね。

渡辺

そうですね。いろいろな視点からメガネを選ぶというのは確かですが、そもそもプロダクトとしてどうかという前提は、自分にとって外せません。

MIKI

私は眼鏡店を営んでいるので、自分のメガネ選びと店のセレクト思考が、一定イコールにもなってきます。夫が職人でもあることから、モノづくりの面は強く意識していますね。

そこをベースにして、デザインの視点を大切にする感じ。自分のファッションにもこだわりがあるので、それに合うかどうかという視点も欠かせません。

服部

僕もバランスはすごく大切だと思っています。モノづくりとデザインの間で、美しさというのはどこかに"ハズれ"があることで生まれるような気がしています。すべてが完璧すぎると、逆に面白くないと感じることもあるんですよね。バランスが崩れすぎると不安になりますが、ちょっとだけ不安があるものって、ワクワクしませんか?僕は「今日はここまで不安にしてみようかな」みたいに思うこともあります。

僕は子どもの頃からズレているものが好きで、それが今に繋がっているのだと思います。ファッション業界でもハズしが大事とか言われますよね。でもそれは、ただの無頓着ではダメで、匙加減が大事。完璧なものだけが良いのではなく、不完全さの中にこそ惹かれる美しさがある、そう思うんです。

渡辺

すごく共感できる部分もありますが、一方で私は少し違う感覚も持っています。

完全なものって、重心がとりやすいんですよね。たとえば男性のスーツって、基本的にはハズしにくいアイテム。でもその限られたルールの中で、どれだけ洗練させられるかという挑戦がある。

一方で、ハズしを効かせたスタイルは、まとめるのが難しい。だからこそ、そこに作り手のセンスや哲学が表れるんだと思います。ただ単にハズれてれば良いというのとは違って、ハズしているのに成立している、その感じにグッとくるんですよね。

服部

それは確かに!奇をてらっているだけだと、意味が違ってきますよね。

渡辺

そうなんです。ハズすという行為自体が、場合によっては王道の裏返しになってしまうこともある。だからこそ「良さを追求していった上でハズれた」という順番、プロセスが重要なんだと思います。

服部

とても共感できます。“珍しさ”と“新しさ”は違いますよね。珍しさにばかり惹かれていると、違ってしまうことがあるんでしょうね。

MIKI

最近気になっているブランドやモデルがあれば教えてください。

服部

そうですね、LunorやLesca…やっぱり気になるというと自分たちの店で扱っているブランドになってしまうかな。

MIKI

その中でもイチオシはありますか?

服部

うーん、なかなか難しいですね…。少し話が逸れるのですが、最近気になっているのは3Dプリンターで作るメガネです。今の時代に合っていると思いますし、これから技術が進んで精度が上がれば、より面白くなっていくんじゃないかと。

ただ、現時点では解像度もあまり高くなくて「これだ!」と思えるものにはまだ出会えていないですね。

MIKI

なるほど、とても興味深いお話です。渡辺さんはいかがですか?

渡辺

そうですね。少し前にパリのメガネ展示会『SILMO』で、レスカのブースを見て改めて気づいたことがありました。日本で見ているレスカのイメージと、実際のレスカには少しギャップがあったんです。正直なところ、僕は日本で紹介されているものよりも、実際のレスカの方がずっと魅力的でした。

今の日本では、どうしてもレスカはクラウンパントのイメージが強い印象がありますが、レスカってもっとチャレンジングなデザインがあるんですよね。

そして今のレスカの面白さは、創業者のジョエルと、息子のマチューという二人のデザイナーが、それぞれの個性を活かしながらブランドを支えているところだと思うんです。そうですよね?

服部

そうなんです。ジョエルはもう80歳を超えていますし…ジョエルが作れなくなってもブランドを継続できるような体制を整えています。

渡辺

親子だからこその絶妙なバランスがありますよね。まったく違う方向性をやっているわけではないけれど、完全に父親のやり方に従っているわけでもない。お互いにちゃんと自分のカラーを出しながらも、レスカという統一感がしっかりとあるんです。そういう意味でも、もっと深く知りたくなるブランドだと思っています。

服部

掘りがいがありますよね、本当に。

MIKI

私も昨年レスカのイベントを行わせてもらった時に、それを感じました。お客様も、レスカは意外といろんな形やカラーがあることに気づいてくださったと思います。

渡辺

他に気になっているのは『Theo(テオ)』です。私が初めてAlain Mikliに惹かれた頃も、多くのお店で扱われていましたが、最近になって「eye-witness」というシリーズを知って驚きました。

左右でサイズが違うんですが、斜めから見ると遠近法のように同じサイズに見えるようにデザインされているんです。作り手になった今だからこそ、あのクリエーションのレベルには本当に驚かされました。

服部

パトリック・フートの発想にビビッと来たんですね!

渡辺

まさにそうです。Theoの魅力は、毎シーズン新しい形にチャレンジしていて、カラーリングも本当に面白い。日本ではなかなか思いつかないような配色や、他のブランドではやりそうにない色の組み合わせも堂々とやってのける。

以前、Theoをたくさん取り扱っているアントワープのお店に行って、棚にある全てのモデルを見せてもらったんです。

服部

それはすごい(笑)

渡辺

その時に気づいたんですけど、同じモデルでも色が違うだけでまったく別のメガネに見えるんですよ。もちろん加工による質感の違いもありますが、それくらいカラーリングに力を入れているブランドなんです。

造形だけでなく、色まで含めてトータルで表現している。そこまで踏み込んで作っているブランドって、実は少ないと思うんですよね。そういう意味でも、Theoは総合力がすごく高いし、個人的にすごく推したいブランドです。

服部

確かに、昔はAlain MikliとTheoの時代と言われた程でしたよね。その後、少し落ち着いた印象もありましたが、世代交代も経て、今また良くなってきていると聞きます。あれだけのことをやってきたブランドなので、また新しい魅力がどんどん出てきているのかもしれませんね。

MIKI

改めて、渡辺さんのお話は作り手の視点だなと実感しました。私はお店側の立場なので、そういう考え方はとても新鮮で、すごく勉強になります。

 

後半に続く…

 

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